生きて帰るまでが地獄めぐり
本連載では、タイにいくつも存在する「地獄寺」をテーマに、筆者が実際に訪れた寺院を紹介しつつ、その魅力をわかりやすく伝えていきます。全12回の連載、最終回となる今回はタイの「地獄めぐり」について「旅」の視点からご紹介します。
タイの地獄寺をめぐるにあたり、そこで見ることのできる地獄の景色はもちろん素晴らしいものなのですが、それと同じくらい道中の旅にも魅力があります。
以前にもご紹介したように、タイの地獄寺のほとんどは観光地では決してない、いわゆるド田舎に位置しています。そのおかげで、観光客として有名観光地を訪れるだけでは絶対にできない体験をたくさんすることができるのです。旅のエピソードはここでは語りつくせないのですが、大きく分けて以下の三つが挙げられます。
まず一つめは、乗り物の楽しさ。バンコクでもタクシーやトゥクトゥク、バス、バイクタクシーなど様々な乗り物に乗ることができますが、都市部を離れるとその様子も少し変わってきます。バンコクではちょっとそこまで、という感覚で乗るトゥクトゥクやバイクタクシーは、公共交通機関で行く地獄めぐりでは、融通が利くため主要な乗り物になります。なので一時間二時間も乗ることがあります。
―バイクタクシーのおじさん(手前)。走行距離が長い時は、途中でガソリンを入れることも。
トゥクトゥクやバイクタクシーの運転手は陽気な人ばかりで、運がよければ地獄めぐりを一緒にしてくれたり、目的地以外にも様々な場所に連れて行ってくれたりします。見渡す限りのサトウキビ畑と澄み切った青い空の中をバイクで走っていると、何とも言えない気持ちよさを味わうこともできます。
―ブリーラム県で見た景色。日が落ちてくる時間帯も美しい。
また都市間の移動にはバスが安くて最適ですが、バスターミナルに止まるごとに両手にビニール袋をいくつも抱えた車内販売の人が乗り込んできて、ちょっとしたごはんやお菓子を売ってくれます。こうした現地の食事をしながらのバス移動は、あぁいま旅をしているんだなぁという気持ちにさせてくれます。おすすめはもち米と肉のセットです。
―いつも買ってしまうもち米と肉のセット。串焼きの肉がおいしすぎてごはんが無限に進む。
そして二つめに、食べ物のおいしさ。やはり田舎に行けば行くほど、日本のタイ料理屋では見たこともないような食べ物が売られています。先のもち米と肉のセットもそうですが、特にタイの東北地方では「カオニャオ」と呼ばれるもち米が主食なので、これを手で握りつぶしながら食べることが旅の楽しみのひとつでもあります。日本の人には少し抵抗があるかもしれませんが、ぜひチャレンジしてみてください。
また地獄寺をめぐっていると、現地の人にどこから来たの?と話しかけられることも多くあります。会話の中で「ごはん食べた?」なんて尋ねられることも多いので、そういう時は食べていないと正直に言ってみると、寺院のごはんを食べさせてもらえることもあります。多くは簡素な「田舎めし」ですが、これが本当においしいのです。
―ウドンターニー県にあるワット・パーゲーオウィアンチャイにて、寺院にいたおばちゃんにごはんを食べさせてもらう。もち米とマメ科の植物・タマリンドを握りつぶして食べる田舎めし。
さいごに、人の優しさです。地獄めぐりの醍醐味は何といってもタイの人の優しさや親切心に触れられることです。乗り物に乗るにも、ごはんを食べるにも、やはり人とのコミュニケーションが生まれます。タイの人はとても優しくて、目的地へ辿り着くのを助けてくれたり、ごはんを食べさせてくれたりします。困っている人を放っておけない国民性を目の当たりにして、あたたかい気持ちになることが多いです。なかなか英語だけでは通じない部分もありますが、簡単なあいさつだけでもタイ語を覚えて行くと、現地の人たちとグッと仲良くなれます。
―わがままな行程にも笑顔を絶やさず、一日中地獄めぐりに付き合ってくれたバイクタクシーのおじさん。途中、おいしいヌードルを奢ってもらったりした。ありがたい。
地獄めぐりは生きて帰ることが大前提です。虫や動物、治安や体調にはもちろん気を付ける必要がありますが、いろんな乗り物に乗って、おいしい食べ物を食べて、ありあまるほどの人の優しさに触れて、極楽のような地獄めぐりを楽しんできてください。そして無事に現世へ帰ってきてください。その際に、この連載や拙著『タイの地獄寺』(青弓社)が少しでも役に立てばうれしいです。
全12回の連載、さいごまでお付き合いいただきありがとうございました。それでは、またいつか。