島根県・松江市にたたずむ「湯町窯」
「湯町窯(ゆまちがま)」は、島根県・松江市で1922年(大正11年)に開かれた窯。JR玉造温泉駅から徒歩1分の場所にあります。
店内には湯呑み、茶碗、コーヒーカップ、箸置き、花瓶、大皿から小皿、鉢類までさまざまな器類が並んでいます。そのどれもが土から生まれたことを感じさせてくれるほっこり温かな色合い。まるみのあるフォルムも心和みます。
訪れるきっかけとなったのは小さな壺
筆者が湯町窯を訪れるきっかけとなったのは、宿泊した星野リゾートの温泉旅館「界 玉造」で使われていた蓋物。ティーバッグが入れられていた砂糖壺のような蓋つきの容器があまりに可愛くて、「この窯元に行ってみたい!」と思ったのでした。
こうしていくつも並んでいると、器たちがよりあって話し合いをしているみたいでさらに可愛い。小さくても存在感のある器だなあと感じます。
コマのようなこちらはなんでしょう? 聞けば注がれると飲み終えるまで置けない盃なのだとか。なるほど! これだとお酒が入ったまま置くとこぼれちゃいますね。まさに飲んべいのためのおちょこです。
看板商品「エッグベイカー」
そしてこちらが湯町窯の看板商品「エッグベイカー」です。その名の通り、簡単に美しい目玉焼きを作ることができます。直接火にかけてOK、オーブンで焼いてOK、電子レンジ使用もOK。調理してそのまま食卓に出せるおしゃれさは、スキレットなどと同様ですが、これが何十年も前から作られていたというから驚きです。目玉焼きだけでなく、グラタンやアヒージョ、蒸し料理などにも使えます。
三代目・福間 琇士さんが見せてくれた昭和41年発行の「暮しの手帖」には、エッグベイカーを使った料理が紹介されていました。すごい。筆者が生まれる以前から愛され続けていること、そしてそんな昔からこんなにおしゃれな食器が流通していたということに深く感銘を受けました。
エッグベイカーで作った目玉焼き。白と黄色の美しいコントラストが、目にもおいしい究極の目玉焼きです。蓋を開けた瞬間卵の香りがふわんと広がり、トロンとした絶妙な半熟卵。バターや油を使わないので卵本来の味わいが楽しめます。卵のうまみもぎゅっと閉じ込められ、凝縮されているように感じました。
使う人のことをとことん考えた「用の美」
湯町窯の器たちは、素朴な温かさがありながらも、どこか異国情緒を感じさせるモダンさもあります。
実は民藝運動と関わりの深いイギリス人の陶芸家バーナード・リーチ氏から直接指導を受けたという歴史があるんです。先ほどのエッグベイカーも、リーチ氏の指導で誕生したもの。
民藝とは、機能的な美しさをもつ民衆の工芸品とその制作活動を指します。いわゆる芸術品ではなく、手仕事で作られたその土地の伝統と特色をいかしたもの。提唱した柳宗悦(むねよし)氏、代表的作家の河井寛次郎氏、浜田庄司氏からも指導を受けたそうです。
福間さん「例えばコーヒーカップなら、取っ手はただつけるのではなくカップから生えているように、ちょうど指が一本入るように、飲み口はくちびるが喜ぶように、カップの中はスプーンで混ぜやすいように丸く、お皿(ソーサー)は深くなりすぎてカップが持ちにくくならないように……こういうのもみんな、リーチ先生に教えてもらいました」
使う人のことをとことん考えて、心を込めて作ることで後からついてくる美しさ、それは“用の美”と称される新たな価値です。
旅先で器を買うということ
筆者は今回、夫婦湯呑をお土産に買いました。ポテンとまあるい形がなんとも言えず一目惚れ。
お茶を淹れて飲むたびに、あの日湯町窯で過ごした時間、窯元の福間さんのお人柄、さらにそのときの島根旅のさまざまなシーンが浮かんできます。
旅先で器を買うということは、旅と暮らしをつなげること。旅の思い出が詰まった器が少しずつ増えていくことは、暮らしに旅心を忍ばせることでもあります。
目にするたびその美しさに心が和む。使うたび、窯のある旅先に想いを馳せる。そうして暮らしを愛おしむ。
ーそしてこれからも、人生に、旅心を。
湯町窯の駐車場にあった看板(「だんだん」とは出雲の方言で「ありがとう」という意味だそう)
松江市玉湯町湯町965
平日8:00~17:00/土日祭 9:00~17:00
駐車場あり
https://www.kankou-shimane.com/destination/20380
※価格はすべて税別です。
[All Photos by Aya Yamaguchi]