地獄のような地獄
本連載では、タイにいくつも存在する「地獄寺」をテーマに、筆者が実際に訪れた寺院を紹介しつつ、その魅力をわかりやすく伝えていきます。全12回の連載、第6回となる今回は、よりリアルに「地獄に足を踏み入れている」と感じることができる地獄寺についてみていきましょう。
タイの地獄寺のなかには、自然と同化しているタイプの地獄があります。このタイプの地獄寺を勝手に「ジャングル系地獄」と呼んでいるのですが、その名の通り木の生い茂った森や林の中にあり、泥だらけで足場が悪く、ジメジメしていて、謎の鳥の鳴き声が絶えず響き渡っているような場所です。
このような地獄寺はなかなかアクセスが悪く、訪れるのは少し大変なのですが、その分リアルに「地獄に足を踏み入れている」と感じることができます。地続きの地獄とでもいったらわかりやすいでしょうか。
ためしに、タイの東北イサーン地方スリン県にある、スワン・パーブリラットナージャーンという場所を訪れてみましょう。この場所は正式には「寺院(ワット)」ではないのですが、僧侶がいて実質的には寺院のような機能を果たしています。
スワン・パーブリラットナージャーンに着くと、僧侶と犬が先導してくれ、近くの森のような場所に案内されます。
少し歩いていくと、地獄の亡者が見えてきました。
こちらでは、亡者たちは身体に縄目をつけられて、獄卒たちはまるで大工のようにその線に従ってきっちりと亡者の身体を切り分けていきます。
またこちらでは、巨大な岩に絶えず追いかけまわされています。岩を大きくする代わりに、亡者たちを小さくつくることで岩の巨大さを表現するという工夫がみて取れます。
このような地獄がしばらく続いたあと、今度は「餓鬼」のコーナーに移ります。
餓鬼とは、仏教の教えにある天界・人間界・阿修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界という六つの世界のうち、餓鬼界に存在する亡者のことです。生前にひどくケチだったりすると、死後このような姿に生まれます。
ですが、スワン・パーブリラットナージャーンの餓鬼たちは少し様子が違っていて、以前ご紹介したような「五戒」にまつわる罰の表現のひとつとして餓鬼がつくられています。つまり、生き物を殺したり、浮気などをしたりすると、このような姿に生まれるということです。
森の中に、いきなり、このような得体の知れない亡者たちがにゅっと現れます。本当に森に棲んでいるかのようです。
この人は第4回の記事でも登場してくれた無頭人です。数ある地獄寺のなかでも、かなりオリジナリティの高い表現がなされています。こんな人に森の中でいきなり出会ったら、びっくりせざるを得ません。
こうして森の中を進んでいくとたくさんの亡者たちに遭遇し、まるで本当に地獄を歩いているかのような感覚になります。泥だらけになったり、蚊がたくさんいたり、草をかき分けて進んだり、そういった状況もまさに地獄のようです。
市街地から簡単に行くことのできる地獄寺に見飽きてしまったら、一度こういった「ジャングル系地獄」を訪れてみるのもいいかもしれません。その際は、上記のような状況への「地獄対策」を万全にしてくださいね。
さて、先に「餓鬼」について少し触れたのですが、実は地獄寺にいる亡者たちのなかにはかなりの数の餓鬼たちが紛れています。地獄なのに餓鬼?というちょっとややこしい事情があるのです。次回はこの餓鬼について、タイの地獄寺のなかでどういった存在なのかみていきたいと思います。また来週。
次回「タイの地獄めぐり⑦ 地獄の住人 ―地獄の亡者と餓鬼の違い-」へ続く。
地獄寺をめぐる「タイの地獄めぐり」シリーズ、過去記事はこちらになります。
Ayaka kurahashi 地獄研究家
1993年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科にて美術史学を専攻、現代タイにおける仏教表現を研究テーマとする。2016年修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。現代になり新出した立体表現「地獄寺」に着目し、フィールドワークをもとに研究を進めている。著書に『
タイの地獄寺』(青弓社)。
タイの地獄寺Twitter
https://twitter.com/jigokudera
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