(C)吉祥やまなか
芭蕉も癒した北陸の名湯
筆者は30年以上前、4年間金沢で暮らしたことがあり、山中温泉も訪れています。冬は特に海の幸がおいしくなるので、またいつか冬の北陸を訪ねたいと願っていました。
(C)Masato Abe
加賀地方には、山中温泉のほかにも山代温泉、片山津温泉、あわず温泉など、たくさんの温泉があります。そして、たいていの宿では駅からの送迎バスが用意されています。
今回宿泊した山中温泉の「吉祥やまなか」さんも予約制で加賀温泉駅から送迎バスが運行されていました。小松空港からの送迎もあり、こちらは3日前までの予約が必要だそうです。
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加賀温泉駅から20分あまりで山中温泉に到着。大聖寺川の風光明媚な溪谷「鶴仙渓(かくせんけい)」の西側沿いに温泉街があります。そして今回の宿「吉祥やまなか」の建物も見えてきました。開業は2007年の新しい宿ですが、おもてなしの評判がとても良さそうなのです。
宿泊客へのうれしいおもてなし
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その評判のひとつがウェルカム・サービスのパンケーキ。館内にある鉄板料理の食事処で、到着した宿泊客にパンケーキが振る舞われるのです。これはほかの宿では体験したことがないサービスで、うれしいもてなしでした。最初のつかみは重要ですね。
そしてもうひとつが、ゲストに配布される「街あるきチケット」。
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このチケットは、山中温泉の街歩きの途中、5軒の店舗でサービスを受けられるというもので、散策したい人にはうれしいプレゼント。たとえば、お肉屋さんでコロッケ1個とか、だんご屋さんでみたらし団子1本とか、酒屋さんではなんと加賀の三名酒のみ比べなどができるそうです。
今回だんご屋さんを目指したのですが、あいにくのお休み。営業日もチケットに書いてありましたが見落としてしまいました。残念。
変わらぬ鶴仙渓と温泉街の佇まい
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とはいえ散策を楽しみました。まずは雪景色の美しい溪谷「鶴仙渓」。大聖寺川沿いに伸びる1kmあまりの溪谷で、足元の悪い雪道を往復すると40分近くかかるのですが、久しぶりに歩いてみたかったのです。なかでも「こおろぎ橋」は総ヒノキ造りの優美な橋で、山中温泉を代表する名所。芭蕉が訪れた元禄時代には、すでにあったようです。
かつては行路がとても危なかったので「行路危(こうろぎ)」と呼ばれたとも。また一説には秋の夜に鳴くコオロギに由来して名付けられたともいわれています。
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上の写真、共同浴場「菊の湯」は古くから街の中央に建っています。山中温泉には元禄2年(1689年)の夏、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅で訪れ、8日間も逗留しました。
今はありませんが、この菊の湯の向かいに芭蕉の宿泊した宿屋・泉屋があったそうです。この泉屋の主人・久米之助は当時14歳だったといいますが、芭蕉は弟子入りした久米之助に、芭蕉と称する前の俳号「桃青(とうせい)」の一字をとって「桃妖(とうよう)」の号を与えたといいます。桃妖は後に加賀の俳壇の発展に貢献した人物です。
「吉祥やまなか」 風情ある加賀の宿
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さて「吉祥やまなか」です。玄関を入るとロビーからラウンジが続きますが、赤を基調として、いかにも金沢らしい雰囲気が漂います。
ラウンジ脇には足湯もあります。窓越しに雪景色を見ながら湯に足を入れてくつろぐことも。
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またラウンジでは、たくさんのソフトドリンクのほかに、自分の好きな九谷焼のカップを選んで、コーヒーを自由にいただくことができるのです。これも宿泊客へのおもてなし。金沢名物の加賀棒茶もありました。加賀棒茶、おいしいんですよ。
ちなみに九谷焼は加賀地方が発祥の地。色鮮やかな上絵付けが特徴の、日本屈指の伝統工芸です。
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無料サービスはまだありました。女性限定の色浴衣と帯のレンタルです。さまざまな色浴衣に加えて、色帯や柄帯、つくり帯、花飾りや湯かごも選べます。金沢には加賀友禅という美しい着物がありますが、友禅染の雰囲気を感じさせます。
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ちなみに客室にはコーヒー豆とミル、それに伝統の山中漆器も用意されていました。コーヒー好きの人は大喜びですね。
名湯 山中の湯で憩いました
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お風呂は内湯と露天風呂が男女とも1階にあります。実は宿泊客サービスのひとつで、無料で50分間貸切風呂に入ることができますが、それは翌朝に予約することにしました。それも楽しみ。
泉質はカルシウム・ナトリウム・硫酸塩泉で、よく温まる美肌のお湯なのです。山中温泉全体で管理され給湯されているので、施設によるお湯の違いはないそうです。
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芭蕉は山中のお湯を有馬・草津と並ぶ「扶桑の三名湯」と讃え、「山中や 菊は手折らじ 湯の匂い」と詠んでいます。「山中温泉の湯に入ると、いい湯の匂いで命も延びるように思われ、寿命が延びるという菊の花の香も要らないほどだ」と感動しているのです。
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「吉祥やまなか」さんには「吉祥スパ」があるのだそうです。利用はしませんでしたが、タラソテラピーなどの自然療法をベースにデトックスを中心としたトリートメントが受けられるそうで、入口からして雅な趣でした。
ちなみにお風呂上りには無料でビールや甘酒、そして甘味をいただくことができます。
北陸の冬の味覚を堪能
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そして夕食は食事処で。武家屋敷の佇まいを感じさせる食事処は、密閉された個室ではなく、ゆったりと仕切られた広い空間でくつろげます。
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北陸の冬の味覚は海の幸ですね。カニやお刺身がおいしいのです。そして「加賀野菜」はご存じでしょうか。古くから石川県で栽培されてきた野菜で、例えば「加賀れんこん」「源助だいこん」「金時草」「五郎島金時(さつまいも)」などなど15品目の野菜があり、それらも供されます。
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となるとお酒も進みます。北陸は米どころ酒どころ。
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和牛のステーキに、天ぷらもいただきました。天ぷらは追加サービスがあって好きなだけ食べられるのです。
ちなみに、この日の夕食は混雑していたせいでしょうか、開始が19時45分からとなり、同じ時間に行われていた伝統芸能「山中節の夕べ」の舞台をすっかり忘れて飲食していました。芸妓さんたちが登場して月、水、金曜日は山中節の歌の披露、火、木、土、日曜日は舞の披露があるのだそうです。こちらも無料サービスなのです。
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おもてなしサービスがまだありました。就寝時にパジャマが用意されていたのです。確かに温泉や布団で汗をかいて翌朝の浴衣がシワシワになっていたりすると、着心地が悪いことがあります。パジャマのサービスは細かい気配りですね。
無料サービスの貸し切り風呂
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さて、翌朝は早起きして無料の貸切風呂に入りました。部屋は3つあり、露天風呂が2つ、そしてこのガラス越しに庭の見える室内風呂がひとつ。雪が降り出して露天は寒そうなので、室内風呂に入って温まりました。風情があります。
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そして朝食。「加賀能登朝食」といい、石川県各地の幸が勢ぞろいで量もたっぷり。やっぱり冬の北陸、山中温泉はいいなあ、という実感です。また訪ねたい冬の北陸の温泉旅でした。
芭蕉、山中温泉で曾良と別れる
そして芭蕉の物語を最後に。弟子の曾良とともに『奥の細道』の旅をしてきた芭蕉は、体調を崩した曾良と突然、この山中温泉で別れることになってしまうのです。
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芭蕉は『奥の細道』にこう記しています。
「曾良は腹を病みて、伊勢の国長島と云ふところにゆかりあれば、先立ちて行くに、
『行き行きて たふれ伏すとも 萩の原』(曾良の句。意味は、師と別れて旅を続け、たとえ行き倒れになっても、美しい萩咲く野で死にたいものだ)と書き置きたり。
行くものの悲しみ、残るもののうらみ、隻鳧(せきふ)のわかれて雲にまよふがごとし。予も又、『今日よりや 書付(かきつけ)消さん 笠の露』(芭蕉の句。意味は、今日からは一人になってしまうのだ。笠に記した同行二人の文字も笠の露、いや私の涙で消えてしまう)」
山中温泉で芭蕉と曾良の悲しい別れがあったのです。