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1本の木に会いに行く(27)原発事故から10年 富岡町・夜ノ森桜並木<福島県>

Posted by: 阿部 真人
掲載日: Apr 16th, 2021.

東日本大震災、そして原発事故から10年。福島県富岡町の「夜の森地区」では1500本あまりの桜の並木が今も春になると美しい花を咲かせるといいます。しかし、そのほとんどは帰宅困難地域にあり、いまだ立ち入りが規制されているのです。10年を期に夜の森桜並木を訪ねました。

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ゲートと桜並木


福島県富岡町・夜の森桜並木

福島県富岡町の夜の森(よのもり)地区。震災そして原発の事故後、桜の開花時期になるとニュースや新聞で取り上げられるので、気になっていた場所です。丸10年を迎えた今年、コロナ禍のなか桜の開花は早まったとのことですが、4月7日に訪ねてみることにしました。

道中

常磐自動車道の常磐富岡インターで下り、富岡町の夜の森に向かいます。道なりに走れば10分もかかりません。道は一本道なのです。というのも今も帰宅困難区域が多く、ほとんどの道路にはゲートが置かれ、道なりに走れば夜ノ森駅に行き当たるのです。

夜ノ森駅

JR常磐線夜ノ森駅です。この常磐線がようやく全線で開通したのは昨年3月。大震災そして原発事故から9年もたってのことです。

駅前の駐車場に車を止めて、周辺を歩くことにしました。ちなみに広い駐車場には車が一台も止まっていません。

線量計

人影もない駐車場で2台の自動線量計だけが動いていました。このときの数値は毎時0.188マイクロシーベルト。後で調べたところ、2014年には富岡町全域(車載測定)の平均は毎時1.287マイクロシーベルトだったそうですから、一桁下がったことになります。長期的な基準値は年間1ミリシーベルト以下なのだそうです。

通り沿いの廃屋

駅前から進む道は1本しかありません。両側にも小道がありますが、帰宅困難区域のためすべてゲートが置かれ通行止めになっています。

廃屋のバイク

両側の住宅には人が立ち寄った気配すらありません。事故当時のまま車やバイクも動かすことができず、朽ちるままなのです。

夜の森通行地図

訪れた時に持っていた地域の地図です。ピンク色の地区は「帰宅困難区域」。黄色の道路だけが通行できる道。もともと住んでいた方は、自宅に一時的に立ち寄ることはできますが、それ以外どこにも行けないのです。

開花基準木

駅から東にまっすぐ歩いた広いロータリーに1本のソメイヨシノがありました。「開花基準木」とあります。樹齢は50年はゆうに超える印象ですが、正確にはわかりません。幹の部分が少し空洞になって治療を施してあるようです。ですが、元気に育っています。

開花基準木UP

富岡町のホームページによれば、今年は3月23日に開花基準木で開花を確認したとのこと。今年はずいぶんと早い開花で満開は過ぎていましたが、この時もすがすがしい花を咲かせていました。

花びらUP

2011年3月末時点の富岡町の人口は1万5,830人。しかし原発事故により福島第一原発から20キロ圏内は「警戒区域」に指定され、富岡町では全町避難を余儀なくされたのです。

そしてつい2年前までは、まだこの場所も帰宅困難地域に指定されていました。昨年ようやく解除され、このソメイヨシノも愛でることができるようになったのです。

120年前に植樹された桜

「夜の森(よのもり)」あるいは「夜の森 桜並木」という名前は風情があります。

実はこの地名、北側の相馬中村藩と南側の岩城藩がこの土地の領有を巡って争い、「余(よ=自分)の森だ」と主張した言葉が転じて「夜の森」と呼ばれるようになったといいます。

桜並木通り

そして桜並木は、地元の名士だった半谷清寿(はんがい・せいじゅ)が明治時代にソメイヨシノを植樹したことが始まりだといいます。

ゲートと桜並木

半谷清寿は相馬中村藩の下級武士の家に生まれ、苦学して実業家・政治家となりました。そして理想の村づくりを進めるために不毛だったこの土地に入植し、明治34年(1901年)、開拓記念に300本のソメイヨシノを植樹したのです。


<動画・ゲートの向こうに続く桜並木>

それから今年でちょうど120年前にあたります。桜はすっかり成長しました。しかし人の気配がほとんどないのが物悲しく、花びらの美しさがいっそう心に深く突き刺さるのです。

1,500本の桜ではなく1本1本の桜

かつて桜の時期になると、夜の森桜並木には10万人もの花見客が訪れたといいます。

桜越しゲート

先の地図をご覧になっていただくとわかるのですが、夜の森桜並木は、富岡町の国道6号から西へ延びて「夜の森公園」脇の東西を走る約1キロの桜通りと、南に直角に曲がった約1キロの開花標準木がある通りを指しているそうです。

桜通りと廃屋

いまでは桜並木は420本、地区全体ではそのほか約1,200本、合計で1,500本以上の桜があるといいます。これだけの桜が並ぶ場所は早々ありません。

1,500本だからすごい、1本だから少ないということではありません。1本も1,500本も同じ命です。そして1本1本の積み重ねです。

桜通りと廃屋

時に報道では避難者、死者を大きな数字で示すことがあります。東日本大震災では、死者、行方不明者、関連死の合計が2万2,200人になったといいます。

ゲートと廃屋

たしかに2万2,200人という、その数字にはあらためて驚きますが、ひとりひとりが重要なのです。亡くなった方、傷ついた方それぞれに人生があり、愛する家族や親しい人たちがいたはずです。グロスでカウントするだけでは済まされないのです。

桜並木

人びとの思いがこもった桜の木も、人と同じような存在に思えます。1本1本がいとおしく思えます。この木にも、あの木にも植えた人の思い、また近くで桜を愛でてきた人びとの思い出がこもっていることを考えると、1本1本の桜それぞれが愛おしく思えます。

廃炉への道「東京電力廃炉資料館」

東電廃炉資料館

夜の森地区から車で10分ほど走った富岡町の中心に「東京電力廃炉資料館」がありました。かつては福島第二原子力発電所のPRをする施設だったそうです。

展示室

基本は、事前に予約電話をして60分のツアー形式で館内を案内されます。

展示は大きく2種類ありました。事故や破損の様子を伝える映像と、廃炉作業を紹介する映像や作業道具の展示です。

展示室②

エントランスには「事故の反省と教訓を決して忘れることなく後世に残し、廃炉と復興をやり通す覚悟」とあります。

展示については、専門用語が多用され、当時原発で働いていた職員へのインタビュー映像は、日本語の字幕はなく英語の字幕が流れるなど、専門家や外国人向けで子どもやお年寄りには難しいように思えました。

燃料デブリを取り出すロボット

廃炉に向けてはまだまだ時間がかかります。まずは放射性物質トリチウムを含む処理水海洋放出の問題。その先に燃料や燃料デブリと呼ばれる燃えカスをどうやって取り出し処理するかという難題が控え、30年、40年、あるいはそれ以上かかる難事業なのです。

慰霊碑

廃炉資料館と道路を挟んだ反対側にある「岡内東児童公園」にひっそりと富岡町の慰霊碑がありました。「東日本大震災慰霊碑」の文字と、町のシンボル「夜の森桜並木」の花びらが刻まれた慰霊碑です。富岡町では津波で24名の方が亡くなっています。

慰霊碑の裏側には、たぶん地元の方が張り付けたのでしょう、「富岡は負けん!」の文字が印象的でした。

慰霊碑の裏側

30年後40年後の夜の森桜並木

夜ノ森駅の駅舎の隣に、下の写真の桜の木と地元の子どもたちが作ったタイル画がありました。たぶん色の付いた小さなタイルをモザイクのように張り付けて描いた絵なのです。

桜とタイル画

帰宅して調べてみると、地元の小中学生たちとNPOの方々が協力して作ったもので、この3月に建てたものだそうです。遠くに青い海原、太平洋を臨む富岡町。そしてやはり印象深いのは桜です。

タイル画FF

いまも福島県内に避難している方は8,593人、県外への避難者は2,107人、ようやく富岡町の人口は1,500人を超えてきたといいますが、もとから住んでいた町民はおよそ半数で、残りの半数の多くは原発や復興事業に携わる単身の方々といいます。

通行止めのゲートが取り払われ、ふたたび美しい桜並木をのんびり散策できる日はいつ訪れるのでしょう。

いわき市ポスター

地震そして津波、さらには原発事故。福島や東北の復興はまだまだのようです。でも、旅して訪ねることで東北応援につながります。いわき湯本温泉は湯量豊富で源泉かけ流しの宿がたくさんあります。スパリゾート・ハワイアンズもあります。コロナ禍が明けたら、ぜひみなさんも福島県の浜通りを訪ねてみてください。


<動画・富岡町の開花基準木>

夜の森桜並木
住所:福島県双葉郡富岡町夜の森北南3-26
電話:0240-22-2111(富岡町役場)
HP:https://tomioka-plus.or.jp/blog/sakura-tomioka-yonomori2021/

 

東京電力廃炉資料館
住所:福島県双葉郡富岡町大字小浜字中央378
※9:30〜15:30まで、30分ごとに60分のツアーがあり、事前電話での申し込みが必要
予約受付電話:0120-502-957
休館日:毎月第3日曜日および年末年始
HP:https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/decommissioning_ac/ 

[All Photos by Masato Abe]

阿部 真人

Masato Abe 還暦特派員
大学を卒業後、およそ30年間テレビ番組を作ってきました。57歳の時に、主夫となり、かつ自由人として旅に生きることを決意して早期定年退職。登山を始め、東京の街歩きガイドや温泉めぐり、豆大福探訪などなど60歳の還暦を迎えて好奇心が高まっています。


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