見晴らしのきく高台に咲く一本桜
韮崎ICから15分ほど走り、カーナビにインプットした目的地「わに塚の桜」に導かれるように近づいてゆくと、駐車場への案内板がありました。神社手前の駐車場からは左手下に、下の写真では右下に一本桜とその周囲に人だかりが見えます。あれがワニ塚の桜なのでしょうね。
絶好の場所に一本桜はあります。北には八ヶ岳、東には金峰山をはじめとした秩父連峰が望めました。周囲には畑が広がっています。韮崎段丘の高台の上に立つ、とても見晴らしのいい場所です。気持ちの良い風も通ります。
畑の間の道を歩いていくとすぐに大きな桜だとわかります。推定樹齢330年、幹回り3.6m、樹高16mのエドヒガンザクラといいます。
エドヒガン。漢字では「江戸彼岸」と書きます。古くから日本の山野に自生していた野生種で、文字通り、江戸でお彼岸のころに花が咲くところからエドヒガンと名付けられたそうです。
例年の見ごろは4月上旬だそうですが、今年は少し早いかもしれませんね。
見上げるような桜の周囲にはロープで柵が設けられていて、根元に近づくことはできません。ですが、きれいに整備され、大事に守られているのがすぐにわかります。
ところで、この「わに塚の桜」というのは、どういう由来なんでしょう。
“わに塚の桜”の“わに塚”とは?
桜の脇にある案内板には「わに塚」について、2つの説が書いてありました。1つ目は、甲斐国志によれば、お詣りするときに使う神社の神具・鰐口(わにぐち)に似た形の塚だったことから名付けられたという説。
そして2つ目は地元の人々の言い伝えで、日本武尊(やまとたけるのみこと)の子、武田王(たけだのきみ)の墓または屋敷跡だというもの。
実はもうひとつ説があるそうです。伝説上の人物ですが、応神天皇の招聘で渡来した中国人学者「王仁(わに)」に由来する何か、ということで、「王仁塚」が転じて「わに塚」になったという説です。ちなみに王仁は孔子の「論語」を最初に日本に伝えた人物といわれているそうです。
さて、武田王です。彼の兄は第14代天皇である仲哀(ちゅうあい)天皇であるともいわれています。武田王を祀る、愛知県一宮市の宅美神社の由緒書によれば、武田王は尾張の国(愛知県)を開墾し、甲斐の国(山梨県)で亡くなった後は、ここに葬られたともいわれています。
日本武尊は古事記や日本書紀では、甲斐の国や相模の国、駿河の国など東国(現在の関東地方)、そして陸奥の国にまで赴き、“蛮族を征伐”したとされています。
日本武尊という名前はともかく、歴史上、そのような武将がじっさいにいたのかもしれません。そして全くの想像ですが、東日本への遠征の時に武田王は日本武尊とともに甲斐の国に移り住んだのかもしれませんね。
大切に守られてきた“わに塚の桜”
たぶん地元の方々が植えたのでしょう、桜の足元には黄色いスイセンと、紫色の花が植えられています。この紫色の花はオダマキでしょうか。スイセンの黄色とよくマッチしていますね。
多くの人々が訪れる花見の名所でもありますが、この桜の木が地元の方々に大切に守られてきたのがよくわかります。
桜越しに南に富士山を望むこともできるらしいのですが、この日はあいにく南側だけは曇っていて富士山をバックに撮影することは叶いませんでした。
ですが、北を向くと桜越しに右手に八ヶ岳の山並みが見えます。山の頂付近にはまだ白い雪が残っていますね。早春の桜と八ヶ岳が清々しい風景を作り出していました。
気持ちのいい場所で、元気良くすくすくと育ったような桜の木です。いったいどんな人がこの場所に桜の木を植えたのかと考えを巡らせました。
“武田王”の名前を頂いた甲斐武田氏
わに塚の桜を見に大勢の方々が車でやってきます。その駐車場は、わに塚を眺めることのできる武田八幡宮の入り口にありました。
山梨県で武田と言えば、武田信玄の武田氏を思い浮かべますが、実はこの八幡神社は武田家発祥の地だったのです。
西暦822年(弘仁13年)に嵯峨天皇の勅命により、現在の場所に「武田武大神」を祀る神社を創建されたといいます。つまり、伝説の武田王の武田の名がまずこの社に付けられました。
その後、西暦1140年(保延6年)源義光のひ孫、竜光丸は武田八幡宮で元服し、名を源から武田へと改名。武田太郎信義と名乗ったのです。そうして甲斐武田家を構え、繁栄させていきました。
いずれにしても、甲斐武田氏の武田という姓は、武田王の武田に由来することは間違いないのです。ちなみに信義が甲斐武田氏4代目、武田信玄は19代目に当たるそうです。
日本武尊の息子であり、“武田武大神”として祀られている武田王の名前をいただくことが、この地での武田家の成功に結び付いた気がしますね。
その武田家も戦国時代、織田信長らによって滅ぼされます。江戸時代になって、武田家は一部再興されますが、この武田家に関係する誰かが祖先を偲び、330年前、この美しい場所に桜の苗木を植えたのかもしれません。全くの想像ですが、そう思えば、そんな気がしました。
[All Photos by Masato Abe]