日本における仏教の始まりを伝える寺院「飛鳥寺」
大和平野の南部にある明日香村。聖徳太子の「十七条憲法」の制定や、中大兄皇子と中臣鎌足による「大化の改新」などが行われた、かつての政治の中心地であり、「石舞台古墳」や「高松塚古墳」などの歴史遺産も数多く残されている場所です。
そんな明日香村にある「飛鳥寺」は、日本で初めてつくられた本格的寺院とされています。朝鮮半島を経て日本に仏教が伝わったのは538年(宣化天皇3年)のこと。飛鳥寺は、それから58年後の596年(推古天皇4年)に完成しました。
手掛けたのは当時の権力者「蘇我馬子」
朝鮮半島の百済から伝えられた仏教は、すぐに日本に定着したというわけではなかったようです。仏教伝来から日本で最初の寺院である飛鳥寺が完成するまで、60年近くもの歳月がかかったのは、仏教の受け入れを反対する勢力があったためといわれています。
当時、実権を握っていたのは蘇我氏と物部氏。この2つの勢力は政治をめぐって対立し、仏教に対する姿勢も異なっていました。仏教推進派だった蘇我氏に対して、物部氏は仏教の受け入れを反対。両者の政権争いの末に蘇我氏が勝利したことで、日本で初めて寺院が建てられました。
飛鳥寺は588年(崇峻天皇元年)に蘇我馬子が造営を始め、8年をかけて596年(推古天皇4年)に完成。造営に際して百済から多くの職人が招かれ、伽藍配置や文様には朝鮮の仏教文化が色濃く残されています。
創建当時は極彩色だった飛鳥寺。しかし、その後、2度にわたって火災に遭い、鎌倉時代に伽藍の大部分は焼失してしまいました。現在の建物は1826年(文政9年)の江戸時代に再建されたものになりますが、創建から実に1400年以上もの長い時を経て、今もなお同じ明日香の地に静かにあり続けています。
飛鳥寺にあるもうひとつの日本最古とは?
日本最古の寺院・飛鳥寺には、実はもうひとつの日本最古がありました。それは本尊の「釈迦如来坐像」。609年(推古天皇17年)に止利仏師によって制作されたもので、現存する最古の金銅仏とされ、「飛鳥大仏」とも呼ばれています。
しかし、鎌倉時代に起きた火災により、そのほとんどが焼失。残されたのは手と顔だけで、その他の部分は補修により復元されたという文献が残っています。
2016年(平成28年)には科学調査が行われ、文献どおり、右手と顔が609年の造営当時のものだということが明らかになりました。飛鳥大仏は日本最古の仏像ということで大変貴重なものになりますが、その大部分が焼失していることから国宝には指定されず、国の重要文化財となっています。
飛鳥寺を訪れたときには、ぜひ飛鳥大仏の右手と顔に注目してみてくださいね。
住所:奈良県高市郡明日香村飛鳥682
電話番号:0744-54-2126
拝観料:大人・大学生350円、高校生・中学生250円、小学生200円
公式サイト:https://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/03east_area/asukadera/
[Photos by Shutterstock.com]