満開の滝桜を求めて
満開の桜を見たいと思っても、タイミングよくスケジュールを合わせるのは難しいものです。そんな春を何度か繰り返して、2021年の春、ようやく満開近しとの知らせを受けて急きょ訪ねることができました。
4月8日、福島県・三春(みはる)町の丘陵地帯に向かいました。東北自動車道の郡山JCTから磐越自動車道に入り船引三春ICで降ります。そして国道288号線を西に向かいました。
普段なら4月中旬から下旬に満開を迎えますが、この2021年の桜は例年に比べてなんと2週間も開花日が早くなっていました。道路沿いの桜も綻んでいて、薄紅色の桜を見ると、なんだかワクワクしてきます。10分ほど走るとすぐに「三春の滝桜」の案内が掲示されていて、近づいているのがわかりました。
周辺の丘陵地帯には滝桜にちなんで「さくら湖」と呼ばれる大きなダム湖があり、公園も整備されているそうです。どんなところなのか、この時点ではわかりませんでしたが、想像以上に大きな湖でした。
滝桜に向かう手前に湖が見えたので車を止めて立ち寄ってみました。上の写真、こちらがさくら湖。三春ダムによって作られた、地域住民の生活や灌漑のための大きな人口湖です。
道路わきの案内板に沿って走っていくと、ほどなく大きな駐車場が現れました。とはいえ、コロナ禍のせいでしょうか、それほど車は止まっていません。例年なら駐車待ちの車の行列ができているはずです。ちなみに駐車料金は無料、観桜料金は一日300円でした(中学生以下は無料)。
両脇には農家があり、かつては小さな農道だったのでしょうが、今ではきれいに舗装された道になっています。
花見客の数は多くありません。この時は緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだ外出することをためらう人も多い時期でした。
本来ならば、足の踏み場のないほど花見客でにぎわっていることでしょう。毎年30万人もの人びとが滝桜を見に来るといいます。
道の両脇の出店もスタッフも寂しそうでした。そして駐車場から緩やかな上り坂を歩くこと200mあまり、向こうに広場が見えてきました。
どんなところに、どんな風に咲いているのかまったく想像もつきませんでしたが、なるほど、なだらかな斜面はきれいに整備され大きな広場になっていたのです。近づいてみましょう。
どこから見ても美しく圧倒される桜
「おおーっ」と思わず声を上げてしまいました。ほかのみなさんも、感嘆の声を挙げています。日差しを浴びて黄色に輝く菜の花畑の真ん中に、うすいピンク色の花を咲かせた、見事な、見事としか言いようのない桜の木が1本佇んでいました。
上の写真は、滝桜のやや東寄りに立って、少し上を向いた構図です。桜は明るい日差しが当たる南斜面に立っています。その周りには、たぶん地域の人びとが手入れをしたのでしょう、黄色の葉の花が咲き乱れています。
滝桜の樹齢は1000年を超えるといい、樹高は12m、根回り11m、幹周り9.5m、枝張り東西に22m、そして南北に18mだそうです。
滝桜には近づくことはできませんが、桜を遠く囲むように歩道があります。時計と反対まわりに歩いてみることにしました。上の写真は東側にある丘からの滝桜。遠くから見ることになります。それでもじゅうぶんに迫力がありますね。
こちらは、ちょうど真東からの滝桜になります。右端にある石碑を見てみると、大正11年(1922年)に国の天然記念物に指定されたことを記念して建てられた石碑でした。
そして上の写真は裏側。斜面の上から見た滝桜です。
そういえば、この滝桜のある三春町。その名の通り、三つの春が順番にやって来るといいます。まず最初に梅の花が咲きます。続いて桜が満開となります。もちろん滝桜。そして、とどめは桃の花なのだそうで、三つの春がこの三春町を彩るのですね。
今度は真西から見た滝桜。こちらからの姿が個人的には気に入っています。確かに滝のように、あるいは泉のように、桜が噴き出し流れ落ちていくようです。ちなみに品種はエドヒガン系のベニシダレザクラで、薄紅色をした枝垂れ桜なのですね。
樹勢を回復させる人びとの努力
よく見ると、枝がたくさんの支柱に支えられています。老いて倒れそうな枝を支える支柱は30本にものぼるといいます。5年に一度定期的に、支柱を直したり、枯れそうな枝を剪定したりするそうです。とはいえ、勝手な剪定はできません。滝桜は国の天然記念物のため、診断と治療は文化庁と協議しながら慎重に行われるのだそうです。
ソメイヨシノは人の手によって人工的に作られた品種ですが、滝桜(ベニシダレザクラ)は自然が生み出した桜。自然によって生まれたものは自然の治癒力に任せるがいいのだそうです。とはいっても、人が手助けしなければ、朽ちてしまいます。では、どうするのかといいますと……
根元の土が固くなっていたために掘り起こして軟らかくし、地中に空気を送るため管を数本垂直に差し、半径10mを柵で囲って立ち入り禁止にしたとのこと。おおぜいの花見客が踏みつけるために土壌が固くなり、根が空気を取り込むことが難しくなっていたそうです。
このほか、山の葉を使った完熟堆肥を使ったところ、樹勢は徐々に勢いを回復し、花も本来の紅色を取り戻したといいます。まずは良かったですね。
滝桜の上にある丘には、桜並木の散歩道がありました。シダレザクラではないようで、ソメイヨシノかもしれませんね。
江戸時代、この地を治めていた三春藩主は、毎年この時期になると庄屋にいま何分咲きなのかを報告させたそうです。そして満開の知らせを聞くとただちに滝桜のもとへ向かったといいます。そうしてこの桜を「御用木」と定め、地租を無税にして桜を保護させたのだそうです。
丘の上から遠く西の方向には山頂付近に雪をかぶった山々が見えました。安達太良山かもしれません。まだ春がようやく来たばかりだと感じます。
満開の桜に立ち会える幸運。時間と空間を独り占めにしたような充実した気分でした。こんな素敵な場所で幸福な時間を過ごすことができて、夢のようでした。一度は満開の滝桜に会いたいと願っていましたが、一度と言わず、二度でも三度でも、こんな幸福な時間を味わいたいものです。
[All Photos by Masato Abe]