支笏湖の大自然 そして“巨木の森”へ
北海道南西部に位置する支笏湖。太古の昔、火山噴火によってできたカルデラ湖で、秋田県の田沢湖に次ぐ最大水深360m、そして湖の周囲は約40kmという、大きな湖です。
札幌市から車で1時間半、千歳市からだと1時間もかからずに訪ねることのできる、静かで美しい湖です。
周囲は切り立った崖と深い森に囲まれ、湖畔に降り立てる場所はそれほどありません。開発されているのはわずかに東側で、観光客は有料駐車場(500円)に車を止めて散策することになります。
“巨木の森”があるのは、湖の西側になります。美笛(びふえ)と呼ばれる場所です。周辺には何もないのですが、実は1カ所、美笛キャンプ場があります。アウトドア好きの方にはとても人気のあるキャンプ場だそうで、知る人ぞ知る穴場です。
千歳から支笏湖を目指し、さらに道道78号線(支笏湖線)を西に進み、「美笛野営場」という標識を右に入りました。
2km弱ほど先のキャンプ場の入り口で道が行き止まりになっており、そこに車を止め舗装されていない道を歩いて1kmほど先のキャンプ場を目指しました。
緑の木々が日差しに輝いています。とちゅう一頭のエゾシカに出会いました。一瞬クマかと驚きましたが、アッという間に森に消えてしまい、シャッターチャンスを逃してしまいました。
ダート道の両側にはたしかに大木です。周囲もすべて同じような木立なので比較するものがありません。写真では大きさが示せないのですが、幹は人が抱えられないほどの太さです。
大木が何本も倒れていました。そこに苔がむして、また小さな芽が出ています。新しいいのちを育んでいるんですね。こういう姿も美しく感じます。
しばらく歩くと、右手にひときわ大きな樹木がありました。樹木の高さは30mを超えるのではないでしょうか。
株立ちをした巨木です。株立ちとは、根元近くの株のところで大きく枝分かれをして伸びている樹木です。
根元はこんな感じで、もともとはがっしりした1本の巨木だということがわかります。樹齢まではわかりません。
葉っぱを見ると、かわいらしい丸いハート型をしていました。樹木には詳しくありませんが、この形の葉っぱは、たしかカツラの木ではないでしょうか。
カツラの木は、北海道から九州まで全国の山地に見られる落葉樹で、北海道ではもっとも高く伸びる樹木だそうです。カツラの仲間は太古から北半球に分布していましたが、現在では中国と日本にしか残っていないともいいます。
“巨木の森”の歴史を知りました
実はこの後、支笏湖の東岸にある支笏湖ビジターセンターを訪ねて、“巨木の森”について伺うことができました。詳しい状況をご存じのスタッフの方に偶然お会いできたのです。
スタッフの方は、あの株立ちをしたカツラの大木をご存じでした。樹齢は200年あまりではないかといいます。そして、この周辺の樹木は古くても樹齢250年ほど、というのです。理由はハッキリしていました。火山の噴火による影響です。
1739年、支笏湖の南にある樽前山(たるまえさん)が噴火して、すぐ北側にある風不死岳(ふっぷしだけ)で北東と北西に分岐して火砕流が流れ、支笏湖東西の樹木は一時全滅。西側の美笛周辺の樹林も全滅したといいます。
上の写真は、支笏湖東側の湖畔から見た風不死岳(標高1,103m、中央の一番高い山)とその左、標高1,041mの樽前山です。樽前山は、いまも活発に活動する活火山で、1739年の大噴火では千歳空港のある辺りで1mも噴火物が堆積したという調査があるそうです。
上の地図では美笛のある西岸が上になります。このあたりの森は1739年以降に形成された森なのです。ということは、どんなに古い樹木でも樹齢は280年ほどということになるのです。
こうした理由から、あの株立ちしたカツラの大木の樹齢は200年あまりではないかということでした。そして、この“巨木の森”の受難は、それだけではなかったのです。
いくつもの自然の猛威に見舞われた“巨木の森”
昭和29年(1954年)の洞爺丸台風で“巨木の森”の周辺の樹木の多くは暴風で、ふたたびなぎ倒されてしまいました。
洞爺丸台風とは、青函連絡船の洞爺丸を沈めて死者・行方不明者1,155名という大惨事となった大型台風で、北海道を中心に大きな被害が出ていました。
その後、支笏湖の樹木を復活させるために、台風で倒されずに残った大きな樹木を防風林として、新しい森造りのための木の苗畑が美笛に作られたのだそうです。そのために樹齢200年の森がたまたま残されることになったのです。
そして苫小牧の営林署が当時、この残された樹木を“巨木の森”と名付けたといいます。
地元千歳市の自然保護協会が2016~17年に行った調査で、この“巨木の森”には幹回り3m以上の樹木が69本確認されたそうです。あのカツラの木やミズナラ、ハルニレなど8種類の樹木が残されていました。
朽ちてふたたび生まれる樹木そして森
株立ちしたカツラの巨木は、幹の中心部が空洞になっていました。きっと何度も何度も自然の猛威にさらされたことでしょう。私たち人間には知る由もありません。
そして実は、北海道の樹木の多くは太古から、まったくの自然のままだったわけではないそうです。かつては道内各地で森林伐採が盛んに行われてきました。つまり人の手が入っている森が多く、それらがふたたび自然林に戻っているというのです。
いま北海道の森林面積は554万ha。北海道の土地の71%が森であり、日本の森林に占める割合は、なんと22%だそうです。
環境保護や林業育成だけでなく、未来の地球環境を見据えての森づくりも重要です。いかに森を守り、育てるか、21世紀型の新しい取り組みが求められています。
“巨木の森”のかたわらにある美笛キャンプ場。休日や夏休みは大混雑する人気のキャンプ場といいます。
美しい巨木の森でした。偶然にいま生きている私たちが出会い美しいと思うのですが、それとは関係なく、森は長い歴史の中で常に刻々と姿を変えています。火山の噴火に見舞われ、暴風雨にさらされ、人に手を加えられながら枯れて再生し、ただそこにあるだけかもしれません。
支笏湖も、ただ岸辺に寄せる波音とそよぐ風音だけしか聞こえませんでした。
大自然は長い年月をかけて、常に大地を作り変えています。さらに大地自体も動き、変わりつつあります。それに比べたら人間とはささやかな存在です。
“巨木の森”では、あのカツラの巨木が少しずつ朽ち始めているようです。しかし、そこでもまたたくさんの新たな命を育んでいるはずです。
[All Photos by Masato Abe]