「とんでもございません」は誤用とも言い切れない
「とんでもございません」は、「とんでもない」をより丁寧に表現した言葉ですが、一般的には、「とんでもないです」「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」などが正しい表現だと説明されています。
「とんでもない」の「ない」は、「せつない」などの「ない」と同じで、形容詞の一部であって、原則上「とんでも」と「ない」に分けることはできません。例えば、否定の助動詞の「ない」を使った「根拠がない」を「根拠がございません」と言いかえるのとは異なり、「とんでもない」の「ない」だけを丁寧に言い換えるのは伝統的な語法ではないとされています。同じように「ない」だけを言い換えた表現に「とんでもありません」がありますが、こちらも伝統的な語法ではないとされています。
しかし、「とんでもない」は一概に誤用だとも言い切れません。というのも、「とんでもない」の成り立ちが「と(副詞〈と〉もしくは〈途〉)」「でも(副助詞)」「ない(形容詞)」と見られ、「せつない」「あぶない」などと違い、「ない」の部分で分けても比較的違和感の少ない言葉だからです。
国語辞書のなかには「とんでもありません」「とんでもございません」の形でも使うと紹介しているものもあります。また、文化庁の文化審議会も2007年に文部科学大臣に答申した「敬語の指針」で、相手からの褒め言葉に対し、謙遜しながら軽く打ち消す表現としては「とんでもございません(とんでもありません)」と使っても問題がないという方向を打ち出しています。
今日では、慣用的な表現として一般化し、広く用いられている実態もあります。このように、「とんでもございません」が誤用であると断言できない側面もあるのです。
とはいえ「とんでもございません」を誤用だと考える人も多いため、特に公の場やビジネスシーンでは「とんでもないです」「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」を使うほうが無難でしょう。
「とんでもない」の意味
「とんでもございません」という表現のもととなる「とんでもない」には大きく分けて二つの意味があります。一つ目は「途方もない、思いもかけない」という意味。二つ目は「まったくそんなことはない、冗談ではない」という強い否定を表す意味です。
「とんでもございません」や、フォーマルな場で使いたい「とんでもないです」「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」は、相手に褒められたり、称賛されたりしたときに「それほどのことではありません」と謙遜して使います。
「とんでもございません」を使う際の注意点として、「とんでもございません」の一言だけだと相手の称賛を否定しただけになり、言い方やシチュエーションによってはそっけない雰囲気になってしまうことがあります。「ありがとうございます」や「まだまだです」、「これからも頑張ります」、「支えてくれるスタッフのおかげです」など一言付け加えると、より気持ちが伝わりやすくなります。
海外のレストランでステーキを注文したら、とんでもない大きさだった。
【「とんでもございません」の例】
とんでもございません。これからもサービス向上に努めます。
「とんでもございません」の言い換え表現
「とんでもございません」は、「とんでもないです」「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」のほかに、以下の言葉に言い換えることもできます。それぞれ全く同じ意味ではないため、ニュアンスによって使い分けましょう。
「恐れ入ります」
「恐れ入る」を丁寧にした敬語表現です。相手の行為などに対して、ありがたいと思うときに使います。「恐縮です」も同じニュアンスで使えます。
「もったいないお言葉です」
相手が称賛してくれた内容を「(自分には)もったいない」と表現することで、相手への敬意と謙遜の気持ちを表現できます。「身に余るお言葉です」も同じニュアンスで使えます。
「滅相もないです」
「とんでもない」と同じ意味をもつ「滅相もない」を丁寧にした敬語表現です。「とんでもない」と同じく「滅相もない」で一つの言葉なので、「滅相もございません」や「滅相もありません」は伝統的な語法ではありません。そのため「滅相もないです」を使うほうが無難でしょう。
「光栄です」
相手に称賛されたことを名誉に思うという気持ちを伝えることができます。
「励みになります」
相手に称賛されたことが自分に取ってやる気になる、心の支えとなるという嬉しい気持ちを伝えることができます。
国語講師。都内大学受験塾・カルチャースクールで講師を務める他、書籍執筆、講演、企業研修、三鷹古典サロン裕泉堂の運営などの活動に取り組んでいる。NHK Eテレ『知恵泉』、NHK‐FM『トーキングウィズ松尾堂』など、テレビ・ラジオにも出演。著書に『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)や、『大人に必要な読解力が正しく身につく本』(だいわ文庫)など多数。