いながきの駄菓子屋探訪64栃木県宇都宮市「パーマ屋文具店」戦前の美容室がルーツ、3世代が通うノスタルジックな佇まいの店

Posted by: 駄菓子屋いながき 宮永篤史

掲載日: Oct 2nd, 2021

全国約400軒の駄菓子屋を旅した「駄菓子屋いながき」店主・宮永篤史が、「昔ながらの駄菓子屋を未来に残したい」という思いで、これまで息子とともに訪れた駄菓子屋を紹介します。今回は栃木県宇都宮市の「パーマ屋文具店」です。

宮永篤史の駄菓子屋探訪14栃木県宇都宮市パーマ屋文具店1

昔ながらの駄菓子屋という懐かしい佇まい

宇都宮駅の西口、MEGAドン・キホーテの地下にある「来らっせ」。市内の人気餃子店が集まったフードコートのようになっており、ここに来るだけで食べ歩きが完結できてしまう、個人的にはとても好きな場所です。そのすぐそばに「パーマ屋文具店」という、駄菓子屋とは思えない不思議な屋号のお店を見つけたので訪ねてみました。
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通りから一本入った細い路地沿いにある、ストライプのテントが印象的な建物。ひびのある外壁、日に焼けた看板、ガチャガチャも瓶コーラのケースも吊ってあるなわとびも、なにもかもがノスタルジックです。これぞまさしく昔ながらの駄菓子屋、という佇まいで、駄菓子もピンク色のふ菓子やあんこ玉、糸引き飴など伝統的なものが多く並んでいるのが見えました。
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店内は土間になっていて、駄菓子は平置きされ、棚には文房具が並んでいます。天井近くには紐が張られ、おもちゃは等間隔でそこに吊られているスズラン陳列。なんだかパン食い競走を彷彿とさせる懐かしさがあります。成功すると45枚の当たり券が一気に出る10円ゲーム機が置いてあり、そばには45枚を出した歴代の英雄たちの名前が。10円で当てた子もいれば、名前を残したくて数千円使った大人もいたとのこと(笑)。
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戦前に開店した宇都宮初の美容室がルーツ

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パーマ屋文具店は、店主の義母が戦前に始めた、宇都宮初の美容室がルーツ。戦争から復員した義父が同じ敷地で文房具店兼駄菓子屋を始め、「パーマ屋文具店」という独特の店名になったそうです。「私は嫁に来ただけだし、当時を知ってる人は、みんなもういないからねえ」とのことで、詳しい年代は不明なものの、創業からは70年以上が経過。店主が引き継いだのは昭和43年(1968年)ごろだったそうです。
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愛称は「パーマ屋」で、子どもに「パーマ屋に行ってくる」と言われた保護者は、「???」となってしまうんだとか(笑)。昔はもんじゃ焼き、ところてんなどの軽食や、ドクターペッパーを温めてレモンを入れた「ホットドクター」を出していたときもあったとのこと。

文房具と駄菓子を入れ替えていた時代も

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「ここは小学校のそばだし、昔は本当に子どもが多くて。目の前の道はちびっこ天国(歩行者天国)で遊び場にもなっていたし、店も子どもであふれかえってた。売り場に物が収まりきらないから、朝は文房具を並べて、午後からは駄菓子を並べてと、入れ替えながらやってた時代もあった。文房具なんて仕入れても仕入れても追いつかない。在庫が足りなくて、朝、買いに来た子どもたちの名前とクラスを聞いて、仕入れに行ってから教室に配達するなんてこともあったね(笑)」

ストーブの上でサラミや帆タラを焼くのが定番

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「今は子どもがずいぶん減ったけど、減ったぶん名前を覚えたりする余裕ができたよね。子どもたちは名前を覚えられたり、呼んでもらえると喜ぶ。みんなうちに来るのを楽しみにしてるから、私も楽しいね。まあ、体力のある限り続けてみますよ」
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店主が引き継いだころに小学生だったお客さんが、孫を連れて来店しているとのこと。親と子の2世代が利用する駄菓子屋にはわりと出会えますが、3世代となるとかなり希少ですし、歴史を感じます!冬はストーブの上で、サラミや帆タラを焼いて食べるのが定番だというパーマ屋文具店。次回は寒い時期に訪ね、パーマ屋オリジナルグルメを堪能したいと思います。
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パーマ屋文具店
住所:栃木県宇都宮市中央本町1-20
営業時間:11:30〜18:00、日祝10:00〜18:00
定休日:不定休

[All photos by Atsushi Miyanaga]

PROFILE

駄菓子屋いながき 宮永篤史

Atsushi Miyanaga

駄菓子屋いながき店主。1979年生まれ。経営していた学童保育を事業譲渡し、その後、息子と二人で日本一周駄菓子屋巡りの旅へ。超高齢化や後継者不足、利益率の低さなど、店主から語られる昔ながらの駄菓子屋の窮状を知り、なんとかこの文化を未来に繋げられないかと埼玉県加須市に駄菓子屋を開業。発達障害のシングルファザーですが、周囲の助けもありなんとか楽しく生活しています。

駄菓子屋いながき店主。1979年生まれ。経営していた学童保育を事業譲渡し、その後、息子と二人で日本一周駄菓子屋巡りの旅へ。超高齢化や後継者不足、利益率の低さなど、店主から語られる昔ながらの駄菓子屋の窮状を知り、なんとかこの文化を未来に繋げられないかと埼玉県加須市に駄菓子屋を開業。発達障害のシングルファザーですが、周囲の助けもありなんとか楽しく生活しています。

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